『dの誕生』
その日、私はただClaudeにアクセスしたかっただけだった。
ブラウザのアドレスバーにカーソルを合わせる。半角英数。よし。人差し指が c を叩く。画面に、慎ましい c が灯る。世界は正常だった。
続けて l。
d
……。
指が止まった。空調の音が、やけに大きく聞こえた。
私は c を押した。次に l を押した。にもかかわらず、画面には d がいた。何食わぬ顔で、そこにいた。まるで最初からそこに住んでいたかのような態度で。
「いや」と私は言った。誰もいない部屋で、声に出して言った。「いや、待て」
デリートキーを押す。d は消えた。潔い最期だった。
もう一度。c。——c が出る。正しい。世界は私の味方だ。続けて l。
d
二度目である。二度目ということは、偶然ではない。統計学的に有意である。私は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
考えられる可能性を、私は冷静に列挙した。
- キーボードの故障。長年の酷使により、
cとlのキーマトリクスが物理的に融合し、新たな文字を生み出す境地に達した。 - IMEの陰謀。どこかの設定ファイルに、
clをdに変換するという狂った辞書登録が紛れ込んでいる。誰が。なぜ。 - OSのアップデート。先週、何かを「後で」と言って閉じた覚えがある。あれだ。あれのせいだ。
- これはもはや技術の問題ではない。
cとlは結ばれたのだ。二つの文字が愛し合い、一つになった。dとは、その愛の結晶なのだ。
四番目の仮説に到達した時点で、私は自分がやや危険な水域にいることを自覚した。
しかし現実は現実である。私は再びキーを叩いた。c、l、o、u、d、e。
画面には——doude。
doude。
なんだそれは。存在しない。この世のどこにも doude という概念はない。私は doude にアクセスしたいのではない。クロードだ。あの、AIの中でも特に優秀なみんなが使っている、あれだ。
サポートに連絡すべきだろうか。私は問い合わせフォームの文面を頭の中で組み立てはじめた。「お世話になっております。c の後に l を入力すると d が出力される事象について——」いや、駄目だ。読んだ担当者は絶対に「一度再起動をお試しください」と返してくる。そして再起動しても直らない。なぜなら愛は再起動では消えないからだ。
深呼吸をした。落ち着け。エンジニアリングの基本は観察である。
私は身を乗り出した。画面に顔を近づけた。近づけて、近づけて、鼻がディスプレイに触れそうになるところまで近づけた。
そこには、c と l が並んでいた。
ぴったりと、寄り添うように。c の右上の隙間に、l の縦棒が滑り込むようにして。二人はほとんど一体化していたが、目を凝らせば、確かに、境界線があった。
c と l だった。最初から、ずっと。
私は椅子に深く沈み込んだ。長い時間、天井を見ていた。
故障はしていなかった。陰謀もなかった。OSも悪くなかった。悪いのは、私の視力と、このフォントのカーニング、そし五十余年間まともに目を休めなかった私の生活習慣だった。
私はブラウザの表示倍率を上げた。cl が、堂々と cl として現れた。当たり前の顔をして。
クロードは、無事に開いた。中には昨日書いた履歴が、何事もなかったかのように保存されていた。
その夜、私は眼科の予約を取った。
※この小説は、アイデアだけプロンプトで指示して、クロード(Claude)がほぼ書いています。
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